2014-02-01
長いことずっと「女犯坊」の竜水和尚の言葉だと思っていましたが、近年これは臨済宗の法語だということを知った445です。^^
正確には、
仏に逢うては仏を殺せ。祖に逢うては祖を殺せ。羅漢に逢うては羅漢を殺せ。父母に逢うては父母を殺せ。親眷に逢うては親眷殺せ。はじめて解脱を得ん。
穏やかでない表現に感じますが、この「殺せ」という言葉は命を奪うという意味ではありません。
ざっくり解説しますと、この世のモノもあの世のモノも、すべてはひとつ、ワンネスであるのに、分離を意識するそのマインドを殺せという意味です。
つまり、仏=悟った者 と 自分=悟っていない者orそれを目指す者 が存在するという誤認をするなと。
まず、人は皆すでに悟った存在なので、悟っていない者がいるということ自体が有り得ないわけで、そこを勘違いしているうちは悟りは開けないよ、という話。
ここでなぜ「悟り」を「開く」というのか?にも着目して欲しいのです。
人は皆すでに悟った存在だから、悟りは己の中にあるから、存在そのものだから、あとはオープンハートしたか、していないか程度の問題なのです。
なにより、すべてはひとつのものなので、仏も祖も羅漢も父母も親眷もなにもかも自分そのものです。
そしてやっとトレードの話。^^
「師匠を目指すのではなく越えることを目標としなければトレードでは成功できない」と、グレッグ・カプラ&オリバー・ベレス著「デイトレード」に記述されています。
ほとんどの人が「こんなトレードが出来るようになりたい」と目指す師匠がいることでしょう。でもそれじゃダメだったのねと、喝を入れられた思いをしましたが、昨今それもまた違うと分かりました。
まさに、仏に逢うては仏を殺せ!
師匠を目指すとか越えるとかではなく、自分も師匠も同じひとつのものだと気づくだけでトレードが飛躍的に変わりました。どうかあなたも気付いて下さい。^^
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